東京高等裁判所 昭和60年(う)1273号 判決
1 本件窃盗の客体であるゴルフボールは,いずれもゴルフプレイヤーによつて,原判示各ゴルフ場コース内にウオーター・ハザードとして設けられた人工池の中に打ち込まれたまま,回収されることなく水底に遺留されたものである(以下,単にこれをロストボールという。)所論は,かかるロストボールは,プレイヤーがその所有権を放棄したことにより誰の所有にも属しない無主物となつたものであるから,窃盗の客体とはなりえず,これを最初に所有の意思をもつてその占有を開始した者,すなわち,本件についていえば,現実にこれを池の中から拾い上げた被告人が無主物先占(民法239条1項)によりその所有権を取得したというのである。なるほど,プレー中池の中に打ち込まれて水底に没するなどしたため,容易に発見あるいは拾得することができないとして,プレイヤーがその回収を断念したゴルフボールは,所有権留保の明示の意思表示をするなど特段の事情がある場合を除いて,所有者においてその所有権を放棄したものと認めるのが相当であつて,本件においては,右のような特段の意思表示がなされた形跡は証拠上認められない。したがつて,ロストボールは,かつて存した所有権が消滅した時点において,無主の動産として先占取得の対象となるものといわなければならない。もとより,それは遺失物若しくは占有離脱物という法的性質を有するものとは認められず,また,原判示各ゴルフ場においては,ゴルフ場経営者とこれを利用するプレイヤーとの間に,ロストボールの所有権の帰属に関し,プレイヤーが回収を断念した時点で,ゴルフ場経営者が承継的に所有権を取得する旨の一般的取決め若しくは個別的合意又はそのような内容の確立された慣習の存在することを認めるに足る証拠はないのである。
2 そこで,原判示の各ゴルフ場経営者らが,池の中に遺留された本件ロストボールを先占したといえるか否かについて按ずるに,原判示の各ゴルフ場は,柵,境界標,表札などによつて周囲の土地とは明確に区分され,その経営者が常時排他的に支配管理しているものであることは証拠上も明らかな動かし難い事実であるが,ゴルフコース内に設けられたウオーター・ハザードとしての人工池が,このような経営者の支配管理に属する施設の一つであることも自明のところというべきであろう。ところで,ゴルフ場内の池は,ゴルフコースの景観を高めるために設計配置されていることは間違いないが,他面,そこにプレイヤーがボールを打ち込んだ場合,罰打を付加して救済プレーを認めるルールがあるように,プレーの興趣を高めるために設置されていることも否定し難いところであり,現に,ゴルフ場の池の中にロストボールが遺留されることはプレー中しばしば生ずる事態といつてよく,ゴルフ場の経営者も,このことを当初より十分予測しているものと考えられる。のみならず,関係証拠によると,原判示の各池は,構造上沈殿物が自然に池の外に流出することがないように造られており,ゴルフ場によつてはロストボールを定期的に回収し,練習用ボールなどとして再利用しているところがあり,定期的に回収しないゴルフ場においても,ゴルフコースの美観と機能を維持するため池ざらいをするおりなどに回収して適宜再利用,売却等を行うことを予定していたと認められる。してみると,ゴルフ場経営者は,ロストボールの取得そのものを目的として,あたかも受皿を設けるように池を設置しているとはいえないが,池を設置することに伴い,当然池の中にロストボールが遺留されることを予測し,ロストボールが生じたときは,逐次これを自己において自由に使用収益し,または処分できるものとして取得する意思のもとに,施設管理物たる池を管理していることが明らかである。そもそも,先占の要件をなす占有の態様は多様でありうるはずであつて,要は,対象動産を事実上支配管理することを開始すればよく,必ずしもその物を現実に回収し又は握持することを要するものではない。そして,本件の場合,その物が無主となつた事実を取得者においてその都度認識することを必要としない。無主物先占の要件としての所有の意思は,その物を自己のものとする事実的意思が存すれば足りるのであつて,本件各ゴルフ場経営者の意思が,ロストボールを内心いささか厄介物と考えようとも,だからといつてそれを無主物のまま放置し,他人の先占取得に委ねる意向であるとは到底認められない。それ故,ゴルフ場経営者は,プレイヤーがゴルフボールを池の中に打ち込み回収を断念してその所有権を放棄した都度,直ちにそのボールに対する占有を開始し,無主物先占によりその所有権を取得したということができる。…中略…
したがつて,原判示のゴルフボールが,被告人の採取行為に先立ち,既に各ゴルフ場の経営者の所有に属していたとする原判断は相当というべきである。…中略…
3 所論中にはまた,本件窃取にかかるゴルフボールはゴミ同然の無価値物であつて,窃盗罪の客体にあたらないとか,被告人の行為によつてゴルフ場はなんらの財産上の損害も受けていないなどというところがある。しかし,前叙のとおり,いわゆるロストボールは,回収のうえ練習用ボールとして再利用することが可能であり,現にそのような扱いをしていたゴルフ場が存するばかりか,これらをゴルフ用品店等に持ち込み相当な価格で売却することができることも関係証拠上認められる。してみると,原判示のゴルフボールが刑法上の保護に値する財産的価値を有するとともに,これを持ち去つた被告人の行為によりゴルフ場がその価格相当の財産上の損害をこうむつていることも明らかであるというほかはない。…中略…
4 本件は,被告人が,共犯者1名とともに,鉄製の熊手や網袋・麻袋などの用具を用意したうえ,夜間ゴルフ場内に忍び込み,ウエツトスーツやゴム製足袋を着用して池の中に入り,原判示第1のゴルフ場では812個,同第2のゴルフ場では約40個,同第3のゴルフ場では約432個という1回ごとに少なからぬ量のロストボールを拾い上げ,これを自動車に積載して持ち去つたという事案であつて,各犯行の態様が社会通念上容認される相当なものといえないことはもとより,被害の程度も決して軽微であるとはいえない。したがつて,被告人の本件各行為が実質的違法性に欠けるところはなく,可罰的違法性を欠くものとはいえないとした原判断は正当であつて,これを論難する所論の採りえないことは明らかである。